2021
05.12

自己紹介エピソード前編 エゴの森へようこそ

podcast

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インタビュアー:スキナー朋子さん
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ハワイ島在住。プロナレーター&ライフコーチ。王様のブランチで女子大生レポーターとして活動を開始。CALPIS、リプトン、ネスカフェ、ハーゲンダッツなどの大手企業ブランドのTVやラジオCM、ドキュメンタリー映画のナレーションなどを担当。幼少時代を含め住んだ都市は、NY、東京、横浜、ホノルル、ハワイ島ヒロ、シアトル、ポートランド、インドのデリー。現在は、アメリカ人夫と7歳の息子と田舎暮らしをしながら、「ハワイの叡智に学ぶオンラインサロン」「ポッドキャスト講座」「ココロに響く話し方講座」の運営中。

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(ナレーション)
私は幼い頃から空想に浸りがちで
いつも何かを表現したくてウズウズしていました
けれど医者になってから
仕事、家事、育児などの現実の生活に
ガンガン向き合い続けた結果

ウズウズした欲望封印してきたような気がします

そこからどんな変容があって
再び自己表現に目覚め
このポッドキャスト番組を
やってみることに至ったのか

そんな私のストーリーや思いに
興味を持っていただけましたら
2回にわたってお送りする自己紹介エピソードを
聞いていただけますと嬉しいです

今回は前編

ハワイ島在住でポッドキャスターである
スキナー朋子さんと
インタビュー形式でお届けします

それではどうぞお楽しみください

(本編ここから)

Tomoko
ネオエゴイズム
ものすごいタイトルですが
どういう意味なんでしょうか?

Etsuko
どういう意味?本当ですよね
モーツアルトの音楽を聞いてるときに
降ってわいたんですけれども
モーツアルトってすごい欲望に
忠実に表現してるっていう感じがするんですけど
エゴイズムってちょっと
何かその利己主義っていうその自分勝手とか、その自分さえよければいいみたいな、イメージかなと思うんですけどね。
やっぱり、あんまりいいイメージじゃないと思うんですけれども、自分勝手独りよがりみたいな。
それはそうなんだけど、だからそのまま使うとねちょっとよくないなと思ってあえてネオってつけたんですよね。
新しいという意味だったり、蘇るっていう意味だったり。
なんかちょっと欲望を置き去りにしすぎてないかなみたいな。
本来の人間らしいというか、人間の根源である欲望をちょっと忘れかけてるんじゃないかなっていう。
それはこうしなければならないという義務感とか、こうじゃなきゃ駄目だこうしてはならないという罪悪感とか。
そういうものもだけれども、
何か世の中全体が何かこう、
美しい言葉、、、
美しい言葉は素晴らしいんだけれども、
何かちょっとよ人間らしさまで、無視して、なんていうんですか、すごく高尚な存在になろうとしてるというか、、、
ちょっと言い過ぎですけどね。
うんでも私達もともと人間くさいよね、みたいな。
そういう意味かなっていう気がしますね。

Tomoko
もっともっと小奇麗にした感じ、ちゃんとするんではなく、もうずっといろんなドロドロしたところも美しいところも醜いものは全部出していいんじゃないっていうそういうメッセージですか?

Etsuko
そうですね。
何か人間の本質を見失わずに求めていけたらいいな。
より良い姿をというか。
そのためにはやっぱりその自分の強化。
あんまり強く言うとあれですけど、
自我といいますか、、、
やっぱり自我をしっかり形成というか、自我の基盤をきちんとしてからじゃないと、そこには行けないんじゃないかなあという気がしてきたんですよね。

Tomoko
なるほどなるほど。
この精神科医ってね私の持っていた精神科医のイメージを、悦子さんはもうガラガラドッシャーンとした感じで、崩しちゃったっていう。
何でしょうね本当に悦子さんて、欲望だったり、エロスとか、なんかそういう美しさとかね。
何かそういうものが非常に似合う方だなって思って。
世界観が。SNSとかでも投稿されているお写真とか、もう表現者、舞台女優さんな感じがするんですんね。
精神科医さんって白衣を着て、なんかこう、静かにずっと座った感じなんですけど。
しかもお母さんなんですよね?ママなんですよね?
 
Etsuko
はい。そうですね一応、子供いますね。

Tomoko
お母さんというか結婚されているとか、
そういう匂いがしない。

Etsuko
そうですね、それよく言われるんですよね。
自分で意識したことはなかったんですけど、
本当に自由気ままにやってるように見えるんでしょうね。
何にも束縛されてないというか、
何にも気を遣ってないというか、
何にも所属してないような雰囲気を多分出してるんでしょうね。
自分ではそんなつもりじゃなかったんですけど、よく言われます実は。

Tomoko
ね、なんかこう、家庭的ていうんですか、生活感がないそうですね。

Etsuko
それもよく言われますね。
うん、恥ずかしいことです。

Tomoko
ウェブサイトの方では、
バイオリンを弾いてる美しい写真があったり、
ダンスを踊っている写真もあったりとか、
本当に何か表現者、
精神科医じゃなくて表現者っていう。

Etsuko
そうですか?ありがとうございます。
嬉しいです。
元々その表現者になりたかったっていうのもあるので、そんなふうに見ていただけてるっていうことがすごく嬉しくて。
元々そんなに精神科医にすごくなりたかったわけではなかったから、そういう意味で精神科医っぽくないのかもしれませんね。
なんというか内にはこもってるんだけれども、
でも表現は簡単にしちゃうって感じですね。
何も極めてないんですよ実は。
どの分野も極めてないんですよ。
突き詰めてない。うん。

Tomoko
でもあのプロフィールを拝見するとすごい。
スタートからすごいんですよね。
いきなり私は論文が書けない学会が嫌い、動物実験したくないから研究もできない、おまけに学位も専門医を取りたくないというちょっと変わった医者だってスタートするんですよ、これ。
このプロフィールがねもう既に何か小説の1ページみたいな感じで。引き込まれて。

Etsuko
ありがとうございます。論文も書けなくて学会も嫌いで。

Tomoko
精神科医になるつもりがなかったのになってしまった理由ってのは何ですか。

Etsuko
そうですねもう本当に、特に理由なかったんだけど。
ちょっと最近ね、過去を振り返って考えてみました。
無意識に惹かれるものがあってやっぱりそこに辿り着いたんだろうと思ったんですよね。
そう考えるとやっぱり5歳ぐらいのときになんかもう自分は自分だと思ったんですよね。
自我の芽生えというか。
自分は自分だって思って、そっからもう人間を観察してましたよね。
例えば私の身内のことで恥ずかしいんですが
私の父親なんかはイライラしてカッカする人だったんですよ。
暴君というか、今違うから言っちゃうんだけど。
けど愛してるものは、好きなものは美しいものばっかりだったんですよね。
音楽にしても文学にしても、そのいろんなものにしても、美しいものを愛してたというか、そのギャップは何なのかなとか、どうしてこの人は表面的にはこんなに醜く荒れ狂っているのに、なぜ美しいものを愛してるのか?
どっちが本当の姿なのかな?とか
あとは、何かその大人が言ってることがそれ本当なのかなとか。
鵜呑みにしないよ私は、みたいな。
いちいち疑ってかかるみたいな大人を。

Tomoko
すごいですね。

Etsuko
そんな生意気な子供だったんですよ。はい。

Tomoko
両面性が見れた子供だったっていう。

Etsuko
両面というか、裏を疑うというか。
表が悪かったら裏にいいとこがあるんじゃ、ないかっていうのを疑うし、
表にいいとこあったら裏はこの人なんなんだろう?とか、
そういうすごい本当に根性が歪んでるというかね。
でもじっとしてそれ言わないの。
母親の後ろに隠れて観察するみたいな。
嫌な子供ですよね。
そういうのがあって人間には興味があったんだろうなという。
人間の中身っていうか、
中身って言ったらあれだけど、裏が。

Tomoko
すごいですね幼い頃にお父様はその美しいものが好きだったってのはどんなつくシーンが好きだった。

Etsuko
やっぱり音楽はモーツアルトしか聞かなかったんですよね。
いろいろ調べてオーディオもいいやつ買って。
いい演奏家の良い録音状態のCDをコレクションしてたわけですよ。
それが正しいかどうかわかりませんよ。
音楽一切やらない人だけど、聞くことはね。
多分それは、やっぱり現実の世界でいろいろつらかったから、そこに求めてたんだと思うんですけれど。
癒しを知らず知らずのうちに。
文学も何かドロドロした太宰治とか芥川龍之介みたいなのよりは
堀辰雄みたいな何かちょっと純文学というかそういうのを愛してましたしね。
もしかしたら、表面的には落ち着いてる人は
逆にドロドロしたものを好みとして求めるかもしれないけど。
逆でしたね。
なんか表面的にはすごい荒れ狂ってて、何というか醜いって言ったら失礼だけど。
もう言えるけどね、いろいろと切り離しが済んだから。いろいろ言えるけど。
子供から見てても醜い姿だったと思いますけど、
でも愛しているものは、そういう美しいものだったっていう感じですよね。

Tomoko
そこをちゃんと見れてた悦子さんすごいですよね。子供ながら。

Etsuko
そうなんですかね?
何かそうやって自分を慰めてたのかもしれません。
正当化というか。
いや、私の父親がこんな荒れ狂っただけの醜いはずがないみたいな。
いいところもあるはずだみたいな。
美しいものを愛してるじゃないかこの人はみたいな。
自分への、何かこう言い聞かせというか、嫌いにならないための暗示じゃないけれども。
そういうのはあったかもしれませんねもしかしたら。
そういうのが、例えどんな精神的に不調があるような人でも、どこか美しさがあるはずだみたいなことには繋がってるかもしれませんね。

Tomoko
なるほど今精神科医としてそういう患者さんとかのそういう目の前の状態だけじゃなくその裏に何か理由があったり感情になる。

Etsuko
そうですね。うん。見れるというかそういう目を持ってたかもしれないですね。
心理学とかああいうのには全く興味がなかったんですよ。
逆にその精神科の患者さんとか精神科、精神病院っていうものにも全く興味も偏見もなかったんですよ。
だから飛び込めたんでしょうね簡単に逆に。

Tomoko
逆にまっさらな気持ちで入ったっていう。

Etsuko
そうですね、なんていうかか一つの専門の科というか。
でも身体科じゃないから、確かにちょっとわかりにくい分野だろうという気持ちで。
別にフロイトとかそんなの全然興味ないし知らなかったし。
入ってもなお興味なかったけどやっと最近、精神科医として成熟してきて必要を感じて興味が出てきたぐらいのことで。
その皆さんやっぱりその精神科とか心理の世界に飛び込む方って、もう最初っから興味があるじゃないですか?
思春期ぐらいの頃からというか青年期から興味があの精神の内界、人の心とかに興味が出だして勉強するって感じだけど、私の場合は全く興味がなかったですね。

Tomoko
なるほど。逆に興味があったことは何だったんですか?

Etsuko
実は医学部にそもそもはいったきっかけはやっぱりAIDSに興味があったんですよね。
ウイルスとか免疫というのはどっちかというと分子生物学ですよね。あと遺伝子とか、あっちの研究を本当はしたかったんですよ。
だから臨床医になるっていうより、医学というものを突き詰めたくて。
ウイルスと免疫のことを解明したくて、医学の道に進んだんだけど。
それはそれでねなんかやっぱり研究というものがあんまり気が向かなかったですね。
本当に飽きやすい。

Tomoko
なるほど。それで精神科医の方に行ったという。

Etsuko
そうですね。
臨床に興味を持ちましたね。
やっぱり人と関わりたいっていう、うん。
研究室にこもってやるよりは。
そういう部分ではやっぱり情緒はあったんでしょう人間臭い部分があったんでしょうね。
人間の心とかそういうのには興味はなかったけれども、人と何かその交流するっていうことを欲してたんでしょうね。
臨床の方でやっぱり患者さんと関わりたいなって思い始めて、臨床医になろうと思い直して。
1年目は眼科に入ったんですよね。
眼科を批判するわけでもないしいろんなあり方があると思うんですけど、やっぱり大学病院で手術が毎日のようにたくさんあって、外来ももう何百人まではいかないけど、流れ作業で見ないといけないような忙しさだったので、人を見てるっていうより、臓器を見てるっていう感じで。
でも今考えたら目っていう臓器は脳が体表に出てる唯一の臓器なので、そこを学べたのは精神科にもつながってたなっていう気はするんですけど。
でもなんか人とじっくり向き合うっていう、患者さんとじっくり向き合う心の交流をするっていうのが、限られた時間ではやってたんだけれども、何かそこにちょっと物足りなさもあったりして。
ちょっと心身ともに疲弊してしまってっていうのはあったんですよね。

Tomoko
なるほど、じゃ、医学部にも行き、精神科医になった、その前は高校とかでは逆に他のものになりたいとか、他の夢があったりとかって?
先ほど表現者を目指していたって言ってましたけど。
その夢はどんな夢だったんですか?

Etsuko
それはもう小さいときから音楽をやってましたので、主にクラシック音楽ばっかりでしたけど。
音楽大学に本当は行きたかったんですよね。
音楽家になりたかったというか。
高校に入っても、バイオリンの先生に音大を目指したいですって言ってたし、高校1年生のときには、志望校を書くところには音大を書いたりしてたんですけど。
でもね、なんか2年になったときだったかな?1年生のときだったか?バイオリンの先生からは、
音楽を仕事にしたら嫌いになるから趣味にとどめておけ。
お前は進学校に行ってるんだし、真っ当な道。普通に生きなさいって言われて。
遠まわしに才能がないということ、バイオリンって狭き門なので。
ヴィオラに転向できたら、入れたかもしれないけど、指がちっちゃい、手がちっちゃかったから、ビオラにも転向できなかったし。
音楽の道は諦めたっていう感じで。
あと宝塚を受験したいっていうのはあったんだけれども。
中学校のときから宝塚にはまってたので。
それでバレエを習い始めたけど。
受験のために。
恥を忍んで小さい頃からやってる綺麗な子たちに混じって不格好な姿をさらけ出してやったんだけれども、やっぱり結局身長が伸びなくって。
154センチで止まっちゃって。宝塚は158センチぐらいはないと駄目っていう暗黙の了解だったので。
身長が伸びなくても記念受験だけはしようと思ってたけど、それももうやめましたね。
その二つを諦めましたね。高校2年生の時に。

Tomoko
なるほどその表現をしてるとき、宝塚を見たりとか、クラシック音楽をやってたり、そういうときって、悦子さん、どんな感覚が好きだったんですか?

Etsuko
やっぱり没頭できるっていうか。
日常のこととかは忘れてそこに浸れるという。
その世界に。もともとやっぱり空想が好きだったので、ちっちゃいときから。
一種空想の世界じゃないですか?
宝塚にしても、音楽もね、私の中では空想の世界なんですよね。
クラシックだから、古い今生きてない昔の作曲家ばっかりの音楽を好んでるから、その人の生きてた時代に繋がれるっていうか、何か音符を通じてというか。
何かそういうのを空想しながらそこに浸るっていうのが好きでしたね。

Tomoko
今でも好きですか?

若い頃より没頭しきらないけども。
もうほら、いろいろ変な知恵がついてきちゃって。
客観的にというか、ちょっと考えながらも入っちゃったりするんだけど。
子供の頃のようにはいかないけど、でも逆の楽しみ
別な意味の楽しみ方をしてるかなって感じですね。

Tomoko
うんうん。
ポッドキャストのイントロとアウトロでもあの選曲が面白いなと。
私、最初聞いたときになんかエゴの森の中に、入っていく感じ。
エゴの森ってすごい暗い感じがして、
そこに入っていくとすごいいろんなカラフルな色とりどりの場所があって。
そういう世界観に見えるような。
悦子さんだと思って、鳥肌が立つんですけど。
こうなんでしょうね、エゴの森にする住む魔女のような感じで語りかけてくるのがすごくおもしろい。
こんな番組聞いたことないっていう感じです。

Etsuko
ポッドキャスト大ベテランの朋子さんから言われ初めてそう思いました。
そういう捉え方さすがだなと思って。
そのエゴの森っていう表現が、なんか私の中で言語化するとそうだと思って。
全てをやっぱその感覚的に選んでるわけですよね私は。
先にイメージ先行で、なんかこれ私にぴったりって言って選んだものを全て朋子さんが言語化してくれて。
それで私の何か私の中でカチッとはまったみたいな。
そうそう、そういうことが表したかったのよーみたいな。

Tomoko
私、フラを踊ってると、エゴのことをよくやるんです。
神話学の中で心はそうですよね。
ドラゴン殺して、成長して森から戻る
エゴの森に入りそこで、ドラゴンじゃないんですけど。ハワイの場合は儀式ですね。一つの。
全部殺していいって、言葉すごいですけど。
 
Etsuko
いやいや残虐でいいんですよ。

Tomoko
エゴの森を出てきて自分が女神としてっていう。
そういうハワイのフラとかでもそうなので。
まさに悦子さんのイントロを聞いたときには、本当にエゴの森が見えて。

Etsuko
そうですか?嬉しい。

Tomoko
ね、だから、番組を聞いた皆さんは、その悦子さんワールドのネオエゴイズムという森の中に入っていって、自分自身のエゴをどんどん見つけていって、最終的には女神として森から出てくるっていう。
そういうイメージなんです。

Etsuko
そうなんですよ。その森に入っていって戦って手に入れるのが本物であってっていうことが多分言いたいんですよね私は。
何もせずに女神にはなれないよっていうことを多分。
ずっと何もせずにって言ったらあれだけど。
なんていうか、現実的には、そのエゴの森に入っていって、エゴも抱合した上でみたいな。
戦うでも、向き合うでも、何でもいいんですけれども。
古代フラってすごいですねそういう世界なんですね。

Tomoko
そうなんですよ実は。

Etsuko
私はその話の方が聞きたい!

Tomoko
今度別のエピソードでですね。

Etsuko
だから朋子さんはそういうふうにすぐピンと来てくださったんですね。

Tomoko
儀式として週2回、エゴの森に入っていって。
だから悦子さんがこの番組作りにおいて、すごく面白かったのが、ポッドキャストのカバーといってほらアルバムで言うカバーみたいな。
仮想っていうものがどんどん出てくる。
悦子さんの何でしょうこの創作の泉という表現の一部があふれるように出てきて。
悦子さんがね番組を作るときに、結構最初普通の番組をやろうと。

Etsuko
悦子の部屋。

Tomoko
話して違うなと思って。
そんな普通の枠に当てはまらないぞって思って。
そして本当に番組がこんなふうにどんどんどんどん世界観が広がっていって、もう爆走爆走です。
えつこWorldMAXで。

Etsuko
誰も来なかったらどうしよう。
恐れて、何これ?みたいな。
近寄らない方がいいみたいな。

Tomoko
一応準備ができた人はぜひ来てもらって。
この場で女神になっていく覚悟がおありですか?みたいな感じでね、素晴らしい。 

Etsuko
本当にそうですね自分も含めてですけどね。
私もまだまだやっぱりエゴまみれなところがあって常に監視してるんですよ。
自分のエゴを監視してる。
エゴの捉え方が、やっぱり哲学的な捉え方、一般的な捉え方ら心理学的な捉え方でちょっと少しずつずれてるのかなあという気はするんですけど。
だけど自分っていうものですよね。やっぱり何か自分だけのというか。
未熟な自己愛って言っちゃった方がいいのかな?
未熟な、自分に対する愛が今度、本当の自分への愛に成熟していくみたいな。
そしたら女神になれるのかな。
周りへの愛も芽生えそうですよね。
でもエゴを無視して成し遂げられるものじゃないんじゃないかなと思ってて。
ユングもそう言ってるんですよね学説の中で。
自我をまず整えないと。
とことん向き合って、自我を強化しないと、本当の意味ではその潜在意識だったりとか、自己実現とかは、成し遂げられないよねみたいなことは。
皆さんされてると思うんですけどね。
でも、私でさえと言ったら偉そうだけど。
精神科医でさえやっぱり常に監視してるわけですよ。
これは自分の優越感に浸りたいだけなんじゃないかとかね。
偉そうにして、この患者さんを諭して自分が優位に立ちだけなんじゃないかとかね。
いろいろ監視してるわけですよ、本当に自分が自分だけの欲望を満たしたいんじゃないかとかね。
だけどそもそもやっぱりそういうのもあっていいんじゃないかって思ったりもして。
なんで、みんなそういうのは駄目みたいなことばっかり言うんだろうなっていう。
 
Tomoko
わかります。
何かを私すぐ料理に例えちゃうんです。
人間を冷蔵庫、自分を冷蔵庫としたときに、入っている中身とか材料を確認する。
そこをちゃんと使ってあげて調理する。
じゃないとそこに入ったまま腐ってカビていくだけ。
そうすると冷蔵庫の他のものにも悪影響があって。
認めてあげて、今にんじんと大根があって。
それが1週間ある。
これを使って何かおかずを作ろうとか、そこでちゃんと消化してあげるっていうか。

Etsuko
うん、そうですよね。本当そうですよ。
それも含めて自分の一部分であるから。
自分のものではあるから。
そこに対してあんたは違う、あんたは私じゃないみたいな。
なんていうんだろう、あっち行けみたいな感じでその無視するし続けると、ある日、腐ったり、爆発して何かとんでもないことが。
欲望のエネルギーって、やっぱり一番大きいんですよね。
人間の一番深いところからやってくるものなので。
そこを無視するとね。

Tomoko
ね、だからそこをハイライトせずに当たり障りなく生きているとね、もう本当に、うん。
どうでもいいって言ったらあれですけど、うんともすんともしないような人間になってしまうっていうかね。

Etsuko
そうですね綺麗なお利口さんなところばっかりで、しかもそれを他人の目とか世間とか風潮とかそういうのにばっかりお伺いを立てながら、生きていると、ちょっとそっちが置き去りにされるっていう感じかな。
でもなんか今の世の中の風潮って、そういうふうになってきてますよね。
何かわかんないけどそのスピリチャル的だったりとか。
私何も宗教とか肯定も否定もしない立場ですけれども。
スピリチュアルとか宗教とかね。
こうならねばならないとかその義務感とか、罪悪感とか、遠慮とか、うん。
なんかそういうものばっかりじゃないよねっていう。
幸せってそういうものから作られるものじゃないよねっていうのに気づき始めてるような気はするんですけどね。世の中全体が。
でも、まだまだかなっていう気はするから、何か語ってみたくなったというか。

Tomoko
ウンウン、なるほど。
結構、いろんな媒体で表現するっていう方法があって、ポッドキャストに至った理由っていうのはなんですか。

Etsuko
そうですね。
私も本当すごいこの1年はもう、もがいてましたね実は。
何か簡単にポンポン表現しているように見えて。
なんかね、私、人が悩むいうことで悩まずに、人が悩まないことで悩むのでね。
それで、本当は文章で勝負ができたらというか。
思う存分自分の考えてることとかメッセージとかを伝えきることができたらよかったんでしょうけど。なんとなく限界を感じたり。
でも本当は作家になろうと思って、いろいろ自己表現を始めたので。
この2年ぐらいは、文章頑張ろうと思ったんですけどね。
なんか私の文章ってわかりづらいみたいなのがあって。
人からね、喋った方が面白いよとかいろいろ言われてて、でも私、それを鵜呑みにするタイプじゃないわけですよ。
本当なのそれ?みたいな。
それでも自分でやってみるけどなんとなく手応えもないし、うまくできた感覚もない。
うまくっていうか、ちゃんと練習を積まないといけないんだろうけれども。
いろいろ考えたときに、私ってやっぱり何か1人で黙々と世界に入り込んでやるのがいいんだろうなって。
YouTubeも考えたんですけど、もしかしたら何年後かにやるかもしれないですけど。
声を音楽に乗せてね、音楽とともにやっぱりありたいなと思ったんですよね。
そう考えたときに、ポッドキャストあんまり今まで聞いたことなかったけど聞いてみたらやっぱり何かこう、特に朋子さんの番組とか、海外の番組もそうかな。音楽と共にあるんですよね。
なんかそこはいいなと思いましたね。
音楽に乗せてなら話せるかもって自分のメッセージを。

Tomoko
なるほど。子供の頃からその音楽を聞きながら空想の世界に入っていた。
そういう悦子さんがもう1回戻ってくるっていう感じですか?

Etsuko
その表現ができるのがもしかしたら一番Podcastなのかもしれないと思いましたね。
YouTuberも音楽つけたりはするんだけど、やっぱり、何か役立つとか、そういうのをかなり意識しないといけないかなと思ったんですよね。
私が1人で好き勝手にやってたって、見向きもされないだろうっていうのがあって。
少しそういう気を配らないといけないところがあるけど、ポッドキャストは、それが結果的に誰かの役に立てばいいなっていう気持ちはもちろん持ってるんだけれども、それがありながらも自分の世界観に浸れるというか。
自分の世界に浸れる番組作りをできるのはポッドキャストじゃないかなって思ったんですよね。

Tomoko
うんうん。なるほど。
そして、精神科っていうことで、いろんな患者さん見てきたと思うんですけども、その中でそういう美美しさ、一人一人の中にある根源的な美しさとか、エロスっていうふうにおっしゃって。
そこが非常に悦子さんの表現に、空想の中の世界観を出すことで、何かそういうふうに聞いてる人が自分もく表現してみたいなと。
そういう美しさとかエロス、美しさはこういうものだとか。
こう決め付けるんではなく、これも美しいんじゃないか、自分ではこれ汚いと思ってたけど本当は美しいんじゃないかってことですね。
そういうふうに、すごいなと思ったんですよね。

Etsuko
そうなんですよ。
やっぱりね患者さんたちも、最終的に自己表現しだすとね変わってくるんですよね。
ある一定のところまで、ある一定のレベルまでの回復には、段階があるんですけど。
最終的にもう一歩、この人が輝くとか。
生き生きとするとか。
うつ病の中核症状ってやっぱり興味喜びの消失なんですよね。
何かに対する興味とか喜びが消えるっていうのが本当は本来の中核症状なんですよ。
だから最終的にはそこを目指していかないと。
そこの回復を目指していかないといけないわけですよね。
いろんな睡眠障害とか食欲不振とか、抑うつ気分とか治るんですよ。それなりに。
休養を取って充電して。
だけど最後はやっぱり自己実現まで持って行きたいので治療としてですね。
となったときにやっぱり患者さんたちが興味喜びのを取り戻すためには自己表現っていうのが。
男性と女性でちょっとその自己表現の捉え方違ったりするんですけど、男性はとかくやっぱり社会で、、、
あまり差をつけちゃいけないですね。
だけどとにかくその何か自分から発して、それを人に喜んでもらえる。
しかもその先ですよね。
やっぱりそれがまた人から喜んでもらえるっていう本当の自信を回復していって輝いていくんですよ。
もちろんいろんな疾患があるので今のはうつ病の一つの回復の過程の例だったんですけれども。
うん。だから本当にやっぱりそういうことが大事なんだなっていうのを患者さんたちからも教えてもらいましたしね。
いろいろと誰でもこうやっぱりうつ病の最中ってその人の本来のあり方じゃない姿なので。
くすんでたり、もうこれは別に言いますけどやっぱりその人の本来の姿じゃないときって、ちょっと輝いてないんですよね。
当たり前ですけどエネルギー出せてないからねちゃんと本来の。
それが本当にでも実はあるんだっていう、そういう姿の人でも実はあるんだっていう。
中に、中の中にくすぶっているその生きる情熱があるんだっていう、それを信じてあげるって感じですかね。
だから、最終的にはそこをちゃんと発揮できるようになることを信じてあげるっていう。
あげるって言ったら、上から目線だけど、信じる。

Tomoko
うん。それがそのさっきのエゴの森の中に入って、もしかしたらすごく深い奥底にあるかもしれないけども、必ずその情熱だったり、自分の本質が必ずそこにあって、それを持ってまたすぐ森の外に出て来てほしい。

Etsuko
そう、そうですね。そうなんですよ。
すごく戦ってんですよね。
だから精神の一番深いエゴまみれのエゴエゴ、エゴまみれじゃないな。
欲望まみれ、欲望というかもう自分の本当、醜いものも美しいものもある、一番精神の原始的な深い部分まで。
やっぱりその統合失調症とかはもっと落ちていくけど、うつ病の人でもある程度深いところまで落ちていって、もがいてるって感じなので、ただでもそこで何かを掴んで帰ってこれるというか。
帰ってきた後は逆に強いですよね。

Tomoko
そうですよね。

Etsuko
うん。

(後編へ続く)