どれが本当の自分なのかわからない人へ
「いくつもの自分がいてもいい。主体が自分にあるのなら。」
いくつもの自分がいる。
どれも嘘ではないのに、どれもしっくりこない。
その感覚のまま、生きていませんか。
場面ごとに自分を変えることは、悪いことではない。
むしろ、人と関わる以上、
ある程度の使い分けは自然なことだ。
問題は、その自分だと消耗するかどうかなのだ。
本当は嫌なのに、そうしてしまう。
気づいたらそうなっている。
その場ではうまくやれている。
でもあとになって、
どっと疲れる。
何もしていないのに、
エネルギーだけが抜けていくような感覚と、
あとに残る、もやもや。
あのとき、
本当はどうしたかったのか。
うまく言葉にできないまま、
感覚だけが残る。
それは、自分を置き去りにしたサインだ。
自分の本音を無視して、
違和感のある自分を出し続ける。
そのとき、人は知らないうちに
自分を傷つけている。
演じた中心に、自分はいたのか。
自分の意思でそのキャラを選んでいたのか。
ここがすべてだ。
中心に自分がいれば、
どんな振る舞いをしても、
大きくはブレない。
でも中心が曖昧なままだと、
どの自分もしっくりこなくなる。
本当の自分は、
新しく作るものではない。
「ああ、自分はこれが嫌だったんだ」
「ああ、本当はこうしたかったんだ」
そうやって思い出していくもので、
忘れていただけなのだ。
違和感は厄介な問題ではない。
むしろ、
輪郭が戻り始めているサインであり、
ズレに気づき始めている。
だからこそ、
今までのやり方に違和感が出てくる。
違和感を無視し続けると、
どんどん自分がわからなくなる。
でも、拾い上げると、少しずつ見えてくる。
自分がどうありたいかが見えてくると、
選択は自然になる。
無理に変わる必要はない。
ただ、自分の心の構造が見えて整えると、
人は自然に動き出す。
鎧の中に、生身の自分がいる。
そして、その鎧を自分の意思で着る。
それが、本来の姿なのだ。
もし今、
どの自分もしっくりこないのに、
どうしたらいいのかわからない状態にいるなら、
すでに内側では何かが動き始めている。
見ないふりをやめた瞬間、
あなたの人生は動き出す。
もし今、
違和感はあるのに、
うまく言葉にできないまま、
同じところを回り続けている感覚があるなら、
それは、
封じてきた何かが動き始めているサインかもしれません。
ひとりで整理しようとすると、
同じ思考の中で堂々巡りになってしまうことがあります。
Deep Insight Sessionでは、
言葉になっていない感覚や違和感を丁寧にたどりながら、
曖昧だった内側に輪郭を与えていきます。
無理に変わろうとする必要はありません。
ただ、見え方が変わると、
人は自然に動き出します。
もう見ないふりをやめるための時間です。