自分迷子から自分を取り戻すコツとは?
「自分を探すという前提が、すでに自分を見失っている」
やりたいことがないわけではない。
何かを選びたくないわけでもない。
でも、何かを探し続けているとき、
あなたはすでに、
自分から離れていっている。
本当の自分がわからない。
だから、自分探しという名の幻想迷路にはまり込む。
自分探しという言葉は魅力的だ。
どこかに理想の自分が存在しているように思えるから。
でも、本当の自分は、
どこかにあるものではない。
すでに存在している。
だからこそ、見失ったときに
「わからない」と感じる。
もし最初から存在していないなら、
わからないという感覚すら生まれないはずだ。
つまり、
本当の自分がわからなくなったのではなく、
見失ってしまっただけなのだ。
では、なぜ見失うのか。
自分の中にあった基準がズレていったから。
もともと自分にあったはずの基準を、
いつのまにか手放していた。
人は、他人がいないと自分を確認できない。
だから、
他人の評価によって成り立つ自分に寄りかかる。
そのほうが、生き延びやすいから。
気づけば意識は、自分から離れていく。
自分と対話するより、
他人の機嫌を取るほうが簡単だから。
そうして、自分との会話は減り、
自分の感覚を感じ取れなくなる。
置き去りにされた感覚は、
裏切られるたびに傷つき、
やがて消えそうになる。
本当は、わかっている瞬間もある。
でも、そのあとすぐに打ち消してしまう。
「いや、これは違う気がする」
「そんなはずはない」
「もっとちゃんと考えないといけない」
そうやって、せっかく浮かんできた感覚を、
自分で引っ込めて飲み込んでしまう。
だからまた、わからなくなる。
選べないのは、優柔不断だからではない。
自分の本音と、外側の基準のはざまで、
意識が引き裂かれているからだ。
どちらも無視できないから、
決めきれない。
決めきれないと、強いほうに流される。
だから、決められないのではなく、
決めさせてもらえない状態になっている。
何かを選んだあとに、
どこか違和感が残ることがある。
決めたはずなのに、
どこか納得しきれていない。
その感覚も、間違っていない。
それは、自分の基準で選んでいないサインだから。
本当の自分を探しに行く。
その時点で、
自分は別物になっている。
見つけたと思っても、
それは誰かの期待で形作られた自分かもしれない。
一部に本物が混ざっているからこそ、
余計に気づきにくい。
でも、それは長くはもたない。
彷徨っているのではない。
自分を見捨てている。
自分を探しているつもりで、
自分を置き去りにしている。
小さくなった自分は、
ただ、見つけられていないだけ。
自分に関心を向けたとき、
それは自然に戻ってくる。
必要なのは、探すことではない。
裏切りをやめること。
すでに感じていた違和感を、
もう無視しないこと。
それだけでいい。
見ないふりをやめた瞬間、
あなたの人生は動き出す。
もし今、
違和感はあるのに、
うまく言葉にできないまま、
同じところを回り続けている感覚があるなら、
それは、
封じてきた何かが動き始めているサインかもしれません。
ひとりで整理しようとすると、
同じ思考の中で堂々巡りになってしまうことがあります。
Deep Insight Sessionでは、
言葉になっていない感覚や違和感を丁寧にたどりながら、
曖昧だった内側に輪郭を与えていきます。
無理に変わろうとする必要はありません。
ただ、自分の内部の見え方が変わると、
人は自然に動き出します。
もう見ないふりをやめるための時間です。
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