2021
0210

宇谷悦子

わたしは、論文が書けない、学会が嫌い、動物実験したくないから研究もできない。

おまけに、学位も専門医も取りたくない。という、ちょっと変わった医者だ。

医者としてのキャリアを手に入れるより、人間の根源的な美しさを見ていたい。

それは、誰も美しいと思わないかもしれない。
けれど、わたしにだけ感じられる美しさ。

人間の本当の美しさとはなんなのかを、精神科で出会った患者さんたちが教えてくれた。

わたしは、その美しさをエロスと呼ぶ。

人は誰でも、エロスを放った時、人生を心から愉しみ、悦びを感じられるようになる。

「誰もがエロスを放つ、美しい世界を見てみたい」

だからわたしは精神科医として、封印された美しさが解き放たれるよう、
人々のなかのエロスを見つめ続けている。

音楽家の夢をあきらめ、医者へ

わたしがエロスに執着するようになったのは、父の影響だ。

父は、自分が「美しい」と思うものを深く愛していた。

父の部屋からは、いつもモーツァルトのピアノコンチェルトが漏れ聞こえ、
小さなころから美しい音楽が生活と共にあった。

父が不在の日、一人で音楽を聞くために、父の部屋に忍び込んだ。

大きなオーディオの前で大の字に寝転び、何も考えずに音楽に浸る。

それは、音楽のエロスを感じる、わたしにとって快感な時間。

6歳のときからピアノを始めた。

バイオリン、バレエを習い、ジャニーズやJ-POPに熱をあげる友人たちを横目に、
中学生で宝塚にハマるような子どもだった。

将来は音大を出て、音楽家か舞台女優になるのが夢だった。

なぜ、そんなわたしが医者になったのか。
理由は単純で、音楽に挫折したからだ。

「自分に音楽の才能はない」

将来の夢をあらためて考え直す時期に、たまたま見たエイズのビデオをきっかけに、
免疫学に興味を持ち、医大に進学することを決めた。

精神科医になったのも、たまたま精神科の医局に空きがあったからだ。

けれど、それは「運命の定めだったのでは」と、今では思う。

精神科医になれたから、人間がどうしたら本来のエロスを失い、歪むようになるのかを知った。

同時に、今は歪んでいる人でも、本来のエロスを取り戻せることも知った。

子どものころから愛した「美しさ」の真理を、そして人間の本当の美しさというものを
患者さんから教えてもらうことになったからだ。

スランプ。そして、覚醒

「とにかく患者さんの美しさを見つけよう」

わたしが精神科医として悩みを抱えていたときに、先輩医師からもらったアドバイスだ。

患者さんに対して負の感情を抱いてしまい、治療がうまくいかないことに悩んでいたわたしは、
この一言で、目が覚めた。

ああ、そうか。

わたしは、悪いところばかりに着目していたのかもしれない。

わたしの価値観で「悪い」とジャッジすることは、バカげている。

まるで新しいソフトがインストールされたように意識が変わり、
精神科医として覚醒した出来事だった。

「目がとってもきれいな形をしているわね」
「爪が透き通っていて美しいわ」

わたしが本当に美しいと感じる患者さんの良いところを、
ほれぼれするように伝えるようになった。

「ええ?美しい?いや、そんなことないよ…」

みな、最初は驚いて否定するけれど、最後には嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。

15年間にわたり、たくさんの患者の美しさを見つめ続るうちに、
わたしは、一人ひとりの中心にある根源的な美しさ、エロスの中に、その人の真理が見えるようになった。

その人の、無理をしていない、歪んでいない、自然な姿。

そのころにはもう、わたしの目には、患者さんがまるで芸術品のように見えていた。

「患者さんの、本来の美しさを見出したい」

「絶対無理」と思った人でも、精神的な成長が見られ、その人の本来のエロスを取り戻した姿を見ることに、

精神科医としてのやりがいを感じている。

脳炎で緊急入院。そして、絶望

35歳。当時勤めていた病院で、大黒柱として60名ほどの入院患者を担当していた。

毎日、たくさんの患者を診察し、精神科医としては絶好調。

大学院に進んで博士号を取ることを考えていた。

しかし、3日後に大学院試験が控えていたその日。

わたしの体に異変が起きた。

まっすぐに歩けない。食事の味がしない。

「脳に何か起きている」

すぐに察した。

原因不明の脳炎で緊急入院となった。

「障害が残るかもしれません」

医師に告げられたその瞬間、医者としての仕事が閉じられたように感じた。

突如、自分の存在意義が、わからなくなった。

わたしは病室で号泣した。

「患者さんたちに必要とされて、わたしという人間が成り立っていたんだ」

精神科医の役割として、患者を治してあげる立場ではある。

しかし、「わたしたちは対等な関係なんだ」と、あらためて強く感じた。

「患者さんとの精神的なやり取りがあるから、精神科医は人として成長していけるんだ」

感謝の気持ちが、あふれてきた。

脳炎をきっかけに、わたしの生き方も大きく変わった。

病院でたくさんの患者さんを診察して、家では家事と子育てに追われる日々。

自分の好きなことを何もしていなかった。

あんなに愛していた音楽を聞くこともなかった。

わたし自身が、いつの間にか本来のエロスを封印していたのだ。

「好きなことをして生きなければ」と決意した。

脳炎が再発するかもしれない、障害が残るかもしれないと思ったからだ。

学位は、あきらめた。

わたしが向かおうとしていた道は、自分が向かう道ではなかったことに気がついたからだ。

生きている間に悦びを

「どんな人生だったら、満足して気持ちよく死ねるのだろう」

そう考えた時、美しい何かに触れたり、悦びが得られることが必要だと思った。

「せっかく生まれてきたのだから、どんな人にも、生きている間に悦びを味わってほしい」

病院の外にも、人生の悦びを失いかけている人や、人生が白黒になっている人たちがたくさんいる。

そんな人たちに、伝えたい。

「あなたは、もっと美しい。その美しさを出して生きよう」

エロスを封印してしまった人たちと出会いたい。

美しさを歪めてしまった不自然さを取りのぞき、本来の美しさを取り戻すサポートをしていきたい。

自分が生きている間に、一人ひとりが芸術品として生きる美しい世の中を眺めてみたいから。