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父の葬式で何も感じなかった男が、本当の意味で親の影響を受けなくなる自信を再駆動するには?

喪主挨拶で涙ひとつ出なかった自分を責める必要はない。感じないのは麻痺であり、抗議であり、未消化の証である。親との本当の別れは、死後に始まることもある。

宇谷悦子

この記事を書いた人

宇谷悦子

心理翻訳家 | 精神科医

精神科医として20年以上、多くの方の心に向き合ってきた経験から、40代以降の男性が抱える「言葉にならない違和感」に輪郭を与え、自信の再駆動を支援しています。

  • 医師免許・精神保健指定医
  • 臨床経験20年以上
  • 40代男性の自己理解・自信回復を支援
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Published 2026.06.05 こころの違和感

父が亡くなった。

喪主として葬儀を取り仕切り、参列者の前で挨拶をした。

そして、何も感じなかった。

涙が出るわけでもなく、胸が締め付けられるわけでもなく、ただ淡々と儀式をこなした。

周りは泣いていた。親族も、父の友人も、みんな何かしらの感情を表していた。

でも自分だけが、まるで他人事のように、そこに立っていた。

「自分は冷たい人間なのか」

そう思った人もいるかもしれない。

あるいは、

「もう親のことなんてどうでもよくなったんだ」

と、自分を納得させようとした人もいるかもしれない。

だが、本当にそうだろうか。

何も感じないということは、本当に「何もない」ということなのだろうか。

むしろ逆だ。

何も感じないのは、感じないようにしているからである。

無意識に、感情を麻痺させているのだ。

それは冷たさではない。

防衛である。

人は、受け止めきれないものに対して、感覚を切断することがある。

悲しみが大きすぎる時、怒りが深すぎる時、あるいは関係が複雑すぎる時。

そういう時、脳は一時的に感情の回路を遮断する。

そうしないと、その場で崩れてしまうから。

喪主挨拶で何も感じなかった男は、冷徹なのではない。

まだ、父という存在を消化できていないだけだ。

親子関係というのは、思っている以上に複雑である。

愛されていた記憶もあれば、傷ついた記憶もある。

感謝もあれば、怒りもある。

尊敬もあれば、失望もある。

そのどれもが混ざり合ったまま、整理されないまま、時間だけが過ぎていく。

そして気づけば、親は高齢になり、やがて亡くなる。

その時、人は「もう終わったんだ」と思おうとする。

でも、終わっていない。

肉体とはお別れできても、精神的にお別れできていないことは、いくらでもある。

実際、親が亡くなってから、急に親のことを考え始める人は少なくない。

生きている時には避けていた感情が、死後に噴き出してくる。

それは、タイムラグである。

感情には、時間がかかる。

葬儀の時に何も感じなかったとしても、それは終わりではない。

むしろ、そこから始まることもある。

何も感じないということは、ある意味で「まだ抗議している」ということでもある。

親に対して、言いたかったことがある。

聞きたかったことがある。

理解してほしかったことがある。

でも、それが果たされないまま、死なれてしまった。

だから、心の奥底で抵抗している。

「こんなに簡単に終わらせていいのか」

「まだ何も解決していないのに」

「何も言えていないのに」

その抗議が、感情を凍らせる。

涙を出させない。

悲しませない。

そうやって、自分を守っている。

では、どうすればいいのか。

無理に感じようとする必要はない。

泣かなければいけないわけでもない。

感動的な別れをしなければいけないわけでもない。

そうではなく、まず必要なのは、

「自分がどう感じているか」を、自分で認めることだ。

本当は何も感じていないわけではない。

ただ、複雑すぎて言葉にならないだけだ。

怒っているかもしれない。

悲しいかもしれない。

ホッとしているかもしれない。

虚しいかもしれない。

どうでもいいと思っているかもしれない。

そのどれもが、嘘ではない。

そのどれもが、あなたの本音だ。

そして、その感情に対して、

「そう思ってはいけない」と禁止する必要はない。

親が亡くなった時に、悲しまなければいけないというルールはない。

感謝しなければいけないというルールもない。

どんな反応であれ、それはあなたの感情だ。

それを否定する必要はない。

生きていても、亡くなっていても、親に対して言いたいことを言っていい。

手紙に書いてもいい。

心の中で言葉にしてもいい。

誰かに話してもいい。

「本当は、こう思っていた」

「本当は、こうしてほしかった」

「本当は、許せなかった」

「本当は、もっと理解してほしかった」

そういう言葉を、出していい。

親はもういない。

だから、もう傷つけることもない。

もう否定されることもない。

だからこそ、ようやく言える言葉がある。

親との関係が未消化なまま40代に入ると、人は奇妙な虚無感に襲われることがある。

なぜか満たされない。

なぜか力が出ない。

なぜか、自分が自分でいる感覚が薄い。

それは、まだ親に縛られているからかもしれない。

生きていても、亡くなっていても、その影響は続く。

でも、親がどうであれ、影響を受けない自分になることは可能だ。

それは、親を憎むことではない。

親を美化することでもない。

ただ、親を「ひとりの人間」として見られるようになることだ。

完璧ではなかった。

未熟でもあった。

でも、それもまた人間だった。

そう思えた時、人はようやく親から自由になる。

親の評価から。

親の期待から。

親の失望から。

親の影から。

そして、自分自身として生き直すことができる。

それが、本当の意味での「リブート」である。

何も感じなかったことを、責める必要はない。

それもまた、あなたの中で起きている反応のひとつだ。

ただ、その反応の奥に、まだ言葉にされていない何かがあることを、忘れないでほしい。

それに気づいた時、止まっていた何かが、静かに動き出す。

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