互癒
「俺たちって、患者さんたちから癒されてるよなぁ。」
精神科医として
ともに成長してきた戦友がポツリとつぶやいた。
「確かにね。癒してるつもりが、逆に癒されてるのかもしれないね。」
導かれるように
自然とそんな言葉が口をついて出る
診療スタイルに違いはあるけれど
根底には同じ感覚が流れているようで
意見を戦わせたこともあったけど
根源にある思いは同じなんだと
その一瞬でわかり合える
ある種、悟りのような
共通の治療理念を感じるわけで、、、
みんながそう感じているわけではなく
少なくとも私とその戦友は
そう感じているだけのことで
正解かどうかは問題ではなくて
癒しを押し売りしているわけでもなく
癒しを強要しているわけでもなく
ただ、病院というフィールドで
目の前の患者さんの精神と
誠実に向き合い
癒しが起これば、私たちも癒される
日々、ただ、それだけのこと
私たちが癒しを感じているのであれば
患者さんも癒されたんだと実感できるから
そんな言葉も出てきたのであろう
「これだから、精神科医は1度やるとやみつきになるよなー」
世間から
何を思われようと
どう見られようと
私たちには関係ないのかもしれない
どんな手段を使っても
守るべき人を守るだけであり
それにより
お互いに癒しが生まれてるだけ
癒しはどちらからか
一方的に施されるものではなく
相互作用によって生まれるものではないか?
だからこそ
対等で神聖な関係でありたい
現実的な世界では
医者と患者という1つの形式をとったほうが
何かと便利というだけで
その形式を取り払うと
ただ人間同士の精神が純粋に向き合ってる
というカラクリだ
もちろん、
綺麗事だけではどうにもならないこともある
医療でできる限界もある
もどかしさや、くやさしさもある
けれど、そういうことに流されず
戦友からこぼれ落ちた言葉を
いつも心のどこかにとどめておきたい
「だから俺たち、一生精神科医を続けるんだろうな」
まあ、そうかもしれないね
治療関係だけではなく
あらゆる人間関係に言えることだよね
全ての人の
精神エネルギーの流れにおいて
ひとりぼっちでは
癒しの限界があるかもしれないけど
相互作用ならもっと早く
大きな癒しが起こせるかもしれない
自分が癒されるのが先か?
誰かを癒すのが先か?
ニワトリとタマゴみたいな話は
よくわからないけれど
お互いに癒しを起こすには?
医者として、1人の人間として
探求を続けていこう
気付きをありがとう
いつも私を癒してくれたよね
私もきっと、、、